はてなの電車

  • 2019.06.20 Thursday
  • 21:44

 

 朝、7時11分か21分の市内電車に乗ります。

 

 その時間の乗客は、小中一貫校の児童・生徒さんが半分を占めています。

 

 背丈よりも大きいランドセルを背負った子供さんたちが、駅ごとにお友達を見付けては

 

 チマチマお喋りをしたり、たまさかには、はしゃいだりしていて

 

 微笑ましい朝の光景です。

 

 割と教育熱心な学校なので、勉強をしている生徒さんもいますが、

 

 その勉強の仕方が半端ない。

 

 自分の膝の上に学生カバンを置いて、その上に英語の書き取りのような宿題を

 

 していたりします。

 

 今朝もそうでした。

 

 電車はほぼ満員状態で座席は埋まり、乗客は当然立っている人がほとんど。

 

 その生徒は必死に英語の書き取りをしており、おそらく宿題だろうな、と思いました。

 

 でも、その勉強をするために、机代わりにしているカバンが横にはみ出て、

 

 ペンケースを座席に置いているもんだから、二人分の座席を使用しているのですね。

 

 満員状態の電車の座席に、ペンケースとはみ出たカバンに書き取りをする生徒の

 

 その空間たるや、かなり妙な空気を放っていました。

 

 きっと、塾に行って宿題が出来なかったから、通学時間を使って宿題をしているんだろう。

 

 大変だな。とか、

 

 空気を読まない方がきっと大物になるかも知れない。とか、

 

 私なりにいろいろ思考を巡らせましたが、自分の理性を抑える前に

 

 「座席の使い方、もっと考えない?カバンが横にはみ出してるし、ペンケースが

 

 そこにあるよね。しまえばもう一人座れない?」

 

 生徒さんは、すぐさまノートとペンケースをカバンにしまいました。

 

 目の前に座っていた20代の女性の表情がかなり引き締まり、背筋が伸びました。

 

 生徒さんの空間の横に座っていた60代くらいの女性が顔を伏せました。

 

 ・・・。今日も人を緊張させてしまった。。

 

 しかし、自分の都合を公共の場に持ち込むのはどうなんだろう???

 

 家じゃないしな〜。

 

 人の自由とは、他人様のご都合を鑑みた上で、限りある言い分や振舞が許されるもんではないかと

 

 思っているのですが。

 

 少し下のお子さんを持つ方にその顛末をお話したら、

 

 「勉強熱心ですごいですね!どちらの生徒さんですか?」とのことで、

 

 なんだか随分と自分が時代錯誤の人のように思えました。

 

 そんな時代なのかな???

 

 はてなは続きます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

梅雨の晴れ間に

  • 2019.06.16 Sunday
  • 21:24

 

 毎年6月に行われる「古曲を楽しむ会」に今年も参加しました。

 

 昨日の大雨は上がり、爽やかな佳き日で楽器を持ち歩くにはホッとします。

 

 今回は三絃で「万歳獅子・八千代獅子」の合奏です。

 

 

 

 松山市民会館の小ホール、能楽堂はこじんまりしていますが、

 

 楽屋や袖は古の趣きがあり、好きな舞台です。

 

 

 

 本番前に調弦を終えて待機する三絃たち。

 

 生き物と同じなので、お腹を上向きに晒す生き物は居ないのと同じく、

 

 三絃も布で覆います。

 

 弾く時以外、素手で三絃を触ることはなく、必ずこの布を当てて持ちます。

 

 

 

 しっかしな〜、三絃で満足いく演奏ができたためしがない・・。

 

 三絃、十三絃、十七絃の中で、一番好きな楽器だけど、本当に難しい。

 

 間と調和を計りに計る、集中力を要する楽器で、本当に自分との闘いというか。

 

 自分の心持が悪いと、三絃は膝に乗らずグラグラして当たらなくていいところで

 

 撥が当たり、当たってはいけないところで撥が当たる・・。

 

 十分な稽古に加えて、支点、力点、作用点の物理的なバランスと

 

 心のバランスが図れてこそ。

 

 此度も、次回のリベンジを誓う出来でした〜。

 

 やれやれ。

 

 爽やかな好日がむしろ、うらめしいというか、

 

 ピカピカのお天道様の下を、そそくさと走って実家に行き、

 

 父の日の祝いをしました。

 

 父曰く「おふくろも三味線をしよったけんの。血やの〜。」

 

 自分の細胞にそういう遺伝子がプログラミングされていながら

 

 唯一の自分の人生を歩むとは、人間とは精巧に出来ていると思いました。

 

 たとえ、今日の出来が不出来であろうが、同じ日を過ごすことがなく

 

 まして、コピーの人生はあり得ないことに関して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴッドワイフ

  • 2019.06.15 Saturday
  • 00:08

 

 6月10日は24年目の結婚記念日だったのですが、

 

 月曜日ということもあり、週末の本日、共に食事に参りました。

 

 私は更年期なのか、一切肉を食べたくないが体力を付けたくイタリアンにしたいと。

 

 主は最近、ゴッドファーザーの3本立てを鑑賞したらしく、

 

 イタリアンテーブルに付きたいと、お互いの動機はかけ離れているけど

 

 着地は一緒という、いよいよ年季の入ったオシドリ夫婦ぶりでございます(笑)

 

 

 

 

 

 ピザは、カンパーニュという初めてのピザで、ハムと野菜の酢漬けの

 

 トッピングでシンプルながらもアクセントがある豊かな味でした。

 

 店の壁には、ゴッドファーザーのアルパチーノの有名な祈るようなポスターが。

 

 でも、主の背中の壁に貼ってあったので、主には見えませんでした(笑)

 

 私は、アルパチーノの顔をうっとりと見詰めながら美味しいイタリアンを頂きました。

 

 そもそもの動機が入れ替わってるやん(笑)

 

 

 しかしながら、娘のころの私は、教育勅語とコンプライアンスが

 

 制服を着て歩いているような厳格極まりない娘で、且つスポーツもがっつりしていたので、

 

 腕っぷしも強く、口でも喧嘩でも負けない、こわい娘でした

 

 母親はご近所の奥様から「尚子ちゃんは彼氏はおらんの?」という質問に、

 

 「尚子は、いっつも樟脳(タンスにゴンみたいなもの)を撒き散らしとるから

 

 なかなかそうもいかんのよね〜笑」

 

 そんなにノー天気にしかも堂々と言わんでもええんやないかと思ったけど、

 

 まあ、そうやね。なんて思っていました。

 

 オンナゴリラの私は、キングコングみたいな人とでないと絆を造ることはできなかった。

 

 キングコングが居たのだな。

 

 そんなピンポイント、最大公約数のご縁。

 

 今日も明日も明後日も、霊長類最強のオシドリ夫婦です。

 

 あれ、オシドリは鳥類では?

 

 両方、凌駕したらええやないですか(笑)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

壺活

  • 2019.05.04 Saturday
  • 18:44

 

 ご近所の91歳のおばちゃんは、数年前から断捨離をしており

 

 高価なものと同時に抱き合わせ?で、面白いものをくださる。

 

 香蘭社の繊細な茶器セットなんかは、いつかは欲しいなんて思いながらも、

 

 ガサツな私には似つかわしくないかな・・なんて先延ばしにしていたけど、

 

 おばちゃんから頂いた。

 

 昨年の暮れに、おばちゃんから自宅の庭においでとの誘いがあり、

 

 おばちゃんの庭先に出向いたら・・。

 

 「尚子さん、あんた、これ持ってお帰り。あんたやけんこそよ。

 

 これはね、昔流行ったんやけどね〜、もう要らんけん、

 

 あんたはなんでも上手に使うやろ〜、あんたやけんこそよ。」

 

 え・・。壺・・。しかもかなり大きく重い。

 

 おばちゃんの「あんたやけんこそよ」の殺し文句におだてられた振りをして

 

 結構重たい壺を自宅の庭先に運んだのでした。

 

 それから半年近く、私の庭先で壺は鎮座していました。

 

 暖かくなり、そろそろ庭の手入れでもしないと、大変なことになってしまう。

 

 庭に目をやると、壺は私をじっと見つめます。

 

 は〜、どうしよ、これ。貰ったものの、うちは黒酢を作る訳でもないし、

 

 家の中に入れて花瓶にするには大きすぎるし、始終桜でも活ける訳にもいかんしね〜。

 

 主に漏らすと、

 

 「庭に置いとったら、蛇が巣を作るかもしれんぞ。」

 

 えー!?

 

 そんな恐ろしいこと・・。

 

 「ほうぞ、隣のNさんちは庭が広かろが。あそこから這い出てきてこの壺の中に入って

 

 巣をつくるかも知れんぞ。」

 

 えっ!? じゃぁ私はターバンを巻いてリコーダーを吹きながら蛇を操るわけ?

 

 そんなおかしなこと出来んよ。

 

 そんなに脅すんだったら、この壺を使えるようにしてちょうだい。

 

 ここに30儖未侶蠅魍けたら陽射しが入るから、花が育つにちがいないよ。

 

 主の脅しを逆手に取り、壺を加工してもらうことにしました。

 

 主は、妻がターバンを巻いてリコーダーを吹きながら蛇を操る様子を見たくないのです。

 

 さっそくホームセンターに行き、ドリルを買いました。

 

 7ミリのドリルで点をたくさん作り、最後にこつんと壁を破る作戦です。

 

 主は聖地のガレージに入り、壺にドリルで穴を開けます。

 

 しかし、壺はかなり分厚く手強い。

 

 10穴ほど開けると7ミリのドリルは摩耗して穴を開ける役目を終えてしまいました。

 

 再度ホームセンターに行き、今度は10ミリドリルを購入しました。

 

 

 

 チューンという音が響きます。

 

 風邪引き用のマスクを装着してひたすら穴を開ける主。

 

 妻が蛇使いにならないために奮闘しています。

 

 

 

 最後、ハンマーでこつんと一突き。

 

 ご開眼!

 

 

 

 切り取られた壺の断片。

 

 穴は37穴掘ってありました。

 

 蛇使いにならなくて済んだ私は、さっそく花を買い求めに行きました。

 

 背面が壺の壁だから、日当たりの良い場所に置いて、タフな花を選ぼうか。

 

 いっそ、山草もよいけど、そもそも私の庭はあまり日当たりが良くないので

 

 ツワブキ、クリスマスローズ、キボウシ、ヒューケラ、アジサイ、エビネなどがひしめいている。

 

 なので、狭いけど一番日当たりの良い玄関先に置くことにしました。

 

 

 ミリオンベルにしました。

 

 

 

 玄関先なら、おばちゃんの目にも付くので、壺活していることがわかるしな。

 

 しかし、この活用を見たら、あともう一つ残っている壺を貰う羽目になりそう・・。

 

 「尚子さんやけんよ、あんたやからこそ」って・・。

 

 蛇使いの後は、何にしよう。。

 

 しかしながら、主の製造マン魂のドリル使いをまた再現するのも良いかも〜♪

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

木の芽どき

  • 2019.05.03 Friday
  • 23:36

 

 いつも連休になると、寸暇を惜しんでバイクで出掛けて宿泊していたもんだが、

 

 今年は予定を立てる暇も無ければ、夫婦共々家に不在がちだったので、

 

 まるで家が旅路の宿のように思える大型連休。

 

 我が家がリゾート地のように思えるとは、

 

 なけなしの投資をした甲斐があったと云うもんだ。

 

 いつものように笑って仕事をしていたけど、

 

 案件が重かったのか、倒れ込むように休みに入り、我が家を軸にひたすら休んでいること

 

 現在進行形。

 

 周ちゃん広場にて魚や旬菜を求め、旅館に泊まった風な食事を作りました。

 

 筍、フキ、魚はハギ、しかも子持ち。

 

 筍は米ぬかで茹でて、もう一度湯で茹でる。

 

 フキは塩で板ずりをして、茹でる。

 

 出汁を昆布と鰹節で取る。

 

 木の芽をすり鉢であたり、味噌などなどを入れてさらにあたる。

 

 段取りと作業の量が、普段の食事を作るより多いけど、

 

 キャンプよりは楽だ。

 

 キャンプは、地形が斜めだったりすることも多い上、使い慣れない道具と、

 

 小さくかがんだまま作業をすることが多い。

 

 まずは、水の確保から入らなくてはいけないこと自体

 

 レジャーというより、苦行に近い。

 

 なんで、やっとの休みにそんなことをしなくてはいけないのか、、?

 

 レジャーでも女性活躍しなくてはならないのかと思うと、

 

 いっそのこと不良にでもなってやろうかと思ってしまう。

 

 オジサンみたいなオバサンの不良っぷりとはどんなものか、バカバカしいことを考えていたら

 

 手間の掛かる旬菜の下拵えもあっという間に出来てしまった。

 

 さすが自宅。

 

 まるで御殿のようじゃないか。テントじゃない。

 

 

 筍とフキとイカ木の芽和え。

 

 木の芽が、春の山菜の灰汁を消す役目をしていて、よく考えられた献立だと思う。

 

 霞がかった気持ちや体に活を入れて目覚ましてくれるな。

 

 

 ハギの煮付け。

 

 身離れがよく、潔い魚だと思う。

 

 子持ちでふっくらしていて、祈りながら頂く。

 

 

 

 フキと昆布と油揚げの煮付け。

 

 フキは、殊更に青々しい香りを放つ山菜。

 

 よく、祖母の山で採って食べた懐かしい草。

 

 

 

 スナップエンドウの塩茹で。

 

 甘いものが苦手なので、青くて若い豆がデザート。

 

 どうも、全てが酒のつまみみたいな献立だけど、そうです。

 

 ところで、木の芽は、見た目も味も締める役割ができる

 

 バイプレイヤーみたいなかんじ。

 

 下手な主菜が、そこそこに見えるもんな。

 

 なるほど・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

始末と始め

  • 2019.05.02 Thursday
  • 00:31

 

 新元号 令和

 

 昨日から玄関先に国旗を掲揚して上皇陛下のお言葉を拝聴し、

 

 今朝、天皇陛下のお言葉を襟を正して拝聴しました。

 

 

 

 それから、連休から進めていた家の掃除を完了し、雑巾を作り始めました。

 

 タオルって、気が付くと20年位ずっと使っているんだな。。

 

 お使い物で頂いた良質なタオルが箱に入ったままあるんだから、

 

 使わないと勿体ない。でも、今ある古いタオルもきちんと始末しなくては。

 

 雑巾にして、タオル人生の最期を全うしてもらいましょう。

 

 早朝ミシンを踏んでいると、寝ていた主が起きてきて、

 

 「縁側近くでミシンを踏んでいるのはええもんやな。」

 

 この人の自己概念は「昭和」だろうか・・?

 

 今日から、令和ですよ。

 

 「写真を撮ってやろわい。」と、主。

 

 

 

 こんなに手が齢を取っているとは思わなかった。

 

 ほんの30年前は、手の甲にくぼみがあるくらい、ぷくぷくしていたんだが・・。

 

 もう、30年も経ったのか〜。

 

 一仕事終えて、主と共に「紫電改展示会館」へと車を走らせました。

 

 なんと、家を出てから紫電改展示会館まで、愛南町の交差点まで一回しか曲がらなかった。

 

 ほぼ一本道で片道135キロ。

 

 

 

 昭和53年に引き揚げられ、フジツボと牡蠣で覆われていた紫電改。

 

 20ミリ機銃2門×2を備え、敵機を墜落させる当時最新鋭の技術を搭載し、

 

 剣部隊の技術もさることながら、敵機のパイロットが顔を覚えるくらいの近さまで

 

 迫る腕と覚悟だったと。

 

 散華した方、未だ行方不明の方、この紫電改が引き揚げられた際の遺族は

 

 この機に、我が愛する息子、夫が搭乗していたのではないかと

 

 遺族として、心の始末をしようと思っていたのかも知れません。

 

 しかしながら、紫電改には遺留品は一つもなく、どなたが搭乗していたかは不明。

 

 

 

 遺族の方々は、どのように心を納めたんだろう。

 

 

 母の一番古い記憶が3歳過ぎのころで、母の母親(私の祖母)が、付添人に連れ立って


 戦死した祖父(祖母の伴侶)の遺骨の無い箱をを抱えて、普段は通らない農村の大通りを

 

 歩いて帰ってきたとのこと。

 

 母は、今は亡き叔母に抱っこされて、その様子を見ていたと。

 

 私は祖母から、戦争や亡くなった祖父の話を聞いたことが無く、母も無いと言う。

 

 ただ、中学生の頃、祖母の家の鏡台の引き出しをこっそり開け、戦地からの祖父の手紙を見付け、

 

 祖母と母を気遣う文章が書いてあるのを盗み読みしたことと、

 

 祖母が一度だけ「死にとうて死んだわけじゃ無い人がおるんやけんの、なんでも粗末にしたらいかん。」

 

 それは、拭うことが出来ない記憶と言葉です。

 

 

 そんな事を思いつつ、剣部隊の方々のプロフィールや遺族の方々の言葉を読む時、

 

 奥歯を噛みしめて涙が溢れないように上を向きながら読みました。

 

 泣いたって仕方が無い。

 

 私が今、泣いたところでなんの解決にもならない。

 

 言えることは、平和を願う心は世界共通のものであり、自国の主張ばかりすることは

 

 平和と隔たることである。

 

 私は昭和43年という年に生まれたので、父は戦争にも行かず

 

 平成にも戦争が無かったので伴侶も戦争に行っていない。

 

 私独りで家を守るというような重大なミッションも課せられていない幸いな時代に生まれた。

 

 でも、いつの時代に、どの国に生まれても、こういう日常が当たり前であることを願う。

 

 ラッキーな人生って、うっかり零れ落ちてくるもんじゃなく、自らの研鑽と

 

 先人の努力で培われるものだと思う。

 

 今の時代に生まれたことに感謝して、次世代に繋げていく努力を本気でやっていかないと。

 

 まずは、身の回りから整理して粗末なことの無いよう最後まで見送り

 

 始めよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

常駐めし

  • 2019.04.27 Saturday
  • 10:29

 

 今月は西条市の企業に常駐することが多く、

 

 マルチタスクにもほどがある、と思う一ヶ月でした。

 

 しかし、近くにある「つじ丸」というレストランが秀逸で、

 

 それを楽しみにミッションを遂行したのでした。

 

  

 

 お馴染みの西条ナポリタンは、卵の固さを自分で調節できるという、

 

 卵好きにはたまらない一品。。

 

 

 

 これも卵好きには頬が落ちるオムライス。

 

 

 しらすと春野菜のペペロンチーノ。

 

 

 

 カレーライス。着丼が早いので、時間が無い時はこれね。

 

 

 

 日替わりランチのミックスフライ定食。

 

 いずれも採れたての西条市の野菜がふんだんに使われており、

 

 さあ、午後からもガンバロー!と、身体が声をあげるほど染みるランチでした。

 

 まずは、生理的欲求が満たされないことには始まらん。

 

 自己実現的欲求を満たす道のりは程遠い・・。

 

 ちゅうか、何が自己実現なのかわからんが笑

 

 いいのです。私はむずかしいことは考えず、漂うように生きていこうと

 

 ここ最近思って、現実逃避をする責任世代です。

 

 ちょっと、効率コウリツこうりつって、うるさすぎじゃないか!?

 

 効率って論じる暇があったら、ちょっとは手伝ってくれ!

 

 女性活躍しすぎて疲れますわ。

 

 効率+女性活躍推進法=口だけジジイの楽天地

 

 そんな公式なんじゃないかと勘繰ってしまう・・。

 

 こんなことを言う私には、漂うような人生はまだまだ先かな〜笑

 

 

 

調和と研鑽

  • 2019.04.20 Saturday
  • 17:43

 

 日本舞踊の芸の肥やしにと、始めた三味線とお琴も

 

 今年で10年になりました。

 

 不肖の弟子の所以ゆえ、味噌が腐るか腐らんか、瀬戸際ギリギリな感じで

 

 聴いている人を不安にさせるような、幻想的な腕前です笑

 

 明日は「三曲協会」の本番で、今日はリハーサル。

 

 満たない腕をリカバリーするために、2週間前に杉原楽器店に頼りの同志を預け、

 

 絃を張り替えて頂きました。

 

 「ゴールドの絃に替えたら音が変わりますか?」の問いに、楽器店の方は

 

 「そりゃ、違いますよ。音がね、こうね、バーッと広がりますよ。」

 

 (・・・。私の味噌が腐るか腐らまいかの音が広がるのか・・。)

 

 そう、逡巡したのですが、

 

 「そうですか。それならやはり替えますことよ。お願い致します。」

 

 どういうこと?我ながらそう思う。

 

 本日、リハーサルにて届いておりました、愛する龍子ちゃま。

 

 お琴は龍をモチーフにした楽器です。

 

 

 

 龍の身体に、背骨のように置かれた琴柱。

 

 古典は、皆が同じ姿勢で隣の奏者を意識して調和を旨とします。

 

 走ってるけど、抑えようとしているな、ここは弱く弾くように、こっから乗るよ。

 

 指揮者も居ないのに、周囲を意識して、今様に言うと、空気を読みまくる。

 

 でも、それが感動するのです。

 

 あれこれ調整役がいる訳でもないのに、お互いが仲間を尊重し合って一つの作品を発信する事。

 

 だから、続けられるんだな、と思うのです。

 

 しかしながら、私の不肖の弟子ぶりは相変わらず矯正不可能の域なのか、

 

 リハーサルが終わるやいなや、

 

 「先生!今日は気まぐれ市がありますから、ささ、早くお買い物に行きましょう!

 

  私、可愛い座布団を先ほど見付けたんです!」

 

 

 

 大洲市の布団屋さんが作った座布団で、しかも買い物したら

 

 キャベツをくれました(喜)。

 

 さすが大洲ですな。

 

 「先生、これからお稽古の時には、この座布団に座ってくださいね!」

 

 「はい笑 ありがとね。」

 

 帰って思い起こすと、不肖の弟子と言うより、珍弟子か・・?

 

 明日はいよいよ本番。

 

 師匠を中心に音が広がり空気も広がる。

 

 仲間を尊重する気持ちと演奏が、お客様に伝わりますように。

 

 皆で奏でることは平和を発信しているのかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ありのままに

  • 2019.04.14 Sunday
  • 22:00

 

 今年1月5日からキャリアコンサルティングの国家資格取得を目指して

 

 講座に出席をしていました。

 

 土日の朝9時〜18時半迄を本日まで合計10回の受講でした。

 

 日々の業務に追われながら、趣味の和事の趣味の発表会もミッションだし、

 

 正直、どこまでやれるんだろう?自分が二人居ればいいのに・・。

 

 なんて思う事もありました。

 

 また、元気だった祖母の急な入院による家族の動揺や、会社の大掛かりなプロジェクトによる

 

 企業への常駐、主人のキャリアチェンジの意思など、この4か月で様々なことに直面しました。

 

 でも、これまので私だったら、単に目の前のミッションに対して場当たり的なスピード解決こそが

 

 ベストだと、日付と時間の納期だけを目標に当たっていたと思います。

 

 確かに、それはビジネスパーソンとして重要ファクターですが、私は始終ビジネスパーソンの

 

 振る舞いをしていていいのだろうか?

 

 など、今更気付いたのです。

 

 私が問題解決をすることが、人の固有の人生にズカズカと足を踏み入れていないか?

 

 もしくは、私が人の固有の人生を心配すること自体が、その人に対して失礼ではないか?

 

 

 

 この講座を通して、自身のライフオブサークルを書くことにより、私は両親に愛され(父親を反面教師として捉えた

 

 時期があったにせよ)学校の先生、会社の上司・同僚に恵まれ、友人、和事の師匠、そのご家族、

 

 そして伴侶など、私を理解してくれている人の多さに圧倒され、感謝の涙が出ました。

 

 とても温かい涙です。

 

 私の仕事が、自分の熱量を波及して人の意思決定に関わるものであるなら、

 

 こんなに幸せなことは無いと思うのです。

 

 そして、目前の国家資格受験は、形の無い迷宮であるキャリアコンサルティングの道の

 

 最初のマイルストーンであり、それが最終的な目的ではないのです。

 

 だからこそやってみて、迷宮の道案内のカンテラをまずは1個手に入れたいと思うのです。

 

 受かるまで受ければ受かるだろう。

 

 まずは、1個。

 

 

 

 受講最後の講師の話が胸にぐさりと刺さりました。

 

 「人は固有の人生を歩んでいるので、心配することは、その人にとって失礼なことです。

 

 人は、自分で出来る力を持っているのです。」

 

 

 

 帰宅をすると、自宅のモッコウバラが咲いていました。

 

 自分自身にかまけて何もしない家主の庭に自由に咲く花を見て、

 

 生きる力の強さを感じました。

 

 何もしない方が、むしろ花が咲くじゃない?

 

 いや、ちょっと剪定したし、消毒もしたよ。

 

 でも、それくらいだな。

 

 構い過ぎるのは、自分の自己満足(こんなにしたんだから、結果が出るだろう的な)

 

 なだけであって、自分以外の生き物の生き様と違うのです。

 

 皆が自由に自分の意思で生きる事が大切なことであれば、

 

 私自身の在り様も、自ずと自分の意思で導くことができると。

 

 自分と人を信じる事。

 

 待つこと。

 

 沈黙には沈黙で。

 

 それが寄り添うことの第一歩・・かな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だんしゃら〜

  • 2019.03.21 Thursday
  • 20:27

 

 40、50代の娘が70代の母親が住む実家に行き、

 

 あまりにモノが多すぎて泊まる場所も無く、片付けようと説得するも

 

 捨てられない母親にヤキモキしている話は、日本全国当たり前の話になっている昨今。

 

 我が家は100歳を迎える祖母、83歳の父、76歳の母、老老介護の上、片付いていない家。

 

 現代の日本の問題の典型的な実家で、平均的すぎて安心するほどだ。  

 

 しかし、問題が平均的なことであり、そこに安心しても問題は解決しないのだ。

 

 妹はすでに実家の掃除に着手しており、毎日片付けても出てくる不要物に疲労困憊。。

 

 そして私は今日、初参戦しました。

 

 おニューのエプロンを持参し、「片付けは苦役ではない!私は若草物語のジョーをイメージして

 

 このエプロンで片付けます。」若干、意味不明だが、妹と母は大笑い。

 

 そう、歯を見せて笑うことこそ、モティベーションが上がる要素なのだ。

 

 妹は「姉ちゃん、私はもう、『片付きますように』って、呪文を唱えようと思うんよ。」と、

 

 両手を広げて丸を描きます。

 

 母がそれに賛同し、「こうやってやるんかね。ハハハハ!!」

 

 私も一緒にやってみました。

 

 3人が両手で丸を描いて「片付きますように、片付きますように」と。

 

 呪文は一向に効きませんでしたが、皆、奥歯まで見えるほど大笑いをしました。

 

 すると、はかどるはかどる。

 

 あれほどモノに執着していた母が、「これも要らん、これも捨てる。」

 

 部屋をひっくり返すと、いろんなものが出てくるのは常だけど、「必勝」の手拭いが・・。

 

 

 

 「必勝」を鉢巻きにする妹。

 

 妹だから若いと思っていたけど、やっぱ同世代やね笑

 

 風化した漫画みたいじゃないか笑

 

 どんどん捨てると、、、。

 

 妹が「あー!!姉ちゃん、これ!!」

 

 

 

 小学生に入学したとき、母が作ってくれたハーモニカ袋が出現!

 

 

 

 1年5組だった私。

 

 オレンジのジャージ素材にチェーンステッチやクロスステッチで刺繍が施されてあり、

 

 何故か紐も付いています。

 

 私は、このハーモニカ入れを自慢にしていたような。

 

 そして、ハーモニカが大好きで音楽の授業の時は、先生に褒められた記憶があります。

 

 ハーモニカはケースに入っているので、袋は不要かも知れないけど、

 

 これは大切なモノ、お気に入りのモノ、という意味付けがなされたのでしょうか。

 

 それから音楽は大好きな科目となり、今、日舞や三味線や琴もやってるのかも知れません。

 

 合理的なもの、効率の良いものは記憶や実生活から淘汰されるけど、

 

 意味の無いものほど心と人生に寄り添うものだと。

 

 捨てる作業は、残す作業なのだと。

 

 必勝の鉢巻きも残るんだろうか・・笑

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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