野菜でおはなし

  • 2018.02.09 Friday
  • 23:07

 

 勤務帰りに立ち寄る八百屋さん、西一万の「大徳商店」は、

 

 こじんまりした昔の店構えにも関わらず、うっかり海外のグロッサリー系も

 

 品揃えしている不思議なお店です。

 

 また、メジャーなスーパーでは販売していない野菜、香草、果物もあります。

 

 キノコ類がめっぽうお安く、エノキダケ48円は我が家の常備菜です。

 

 かいわれ大根は、毎日10円。素敵過ぎる。

 

 10個買っても100円。

 

 かいわれ大根の辛さと価格にしびれる〜♪

 

 今日は、わさび菜が38円!

 

 

 

 レジにて年配のお店の方が、「どうやっ食べるんですか?」と、

 

 気さくに訊いてこられました。

 

 おひたしにしようかな、って思いますと。

 

 なんとなく、わかめとエノキダケと一緒に、青とうがらし入りの三杯酢が良いのではと。

 

 更に、ネギが大好きなので、ネギをレジ袋に入れる時、

 

 「そのネギ、すごいお勧めですよ〜。焼いても炊いても美味しいです。

 

 これは、そうとうお勧め。青い所も食べられますからね〜♪」

 

 これはしたり。

 

 私は、ネギの青いところは、千切りにして、塩とゴマ油、豆板醤を入れて

 

 ネギの調味料みたいにするんですよ、と申しましたら、

 

 すごく真剣に聴いていただき、情報を得たことに満足しておられました。

 

 そのやりとりはとても楽しく、仕事帰りの一服になりました。

 

 若い頃なら、そんな会話は面倒だっただろうな。

 

 さらっと、25秒くらいで情報交換できるって、大人じゃないか?(25秒と敢えて言う)

 

 電車の待ち時間の僅かな買い物時間で、野菜を通して

 

 真剣な会話ができるとは、やはり野菜は八百屋で、餅は餅屋で買おう。

 

 ちなみに、ネギの青いところを千切りにしたら

 

 

 

 目から涙が溢れ、澄み切った眼になりました(笑)

 

 

 

 冷奴に乗せても、納豆に乗せても美味しいです。

 

 ネギ、塩、ゴマ油、豆板醤を混ぜるだけです。

 

 ネギをたらふく食べて風邪知らず。

 

 ホント、今年は風邪引いていないので、これはネギのエビデンスかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

餅は餅屋に

  • 2018.01.28 Sunday
  • 14:50

 

 家を普請して11年目。

 

 本来なら、半年ほど前に10年点検をするはずだったのだけど

 

 諸事情で先延ばしになり、昨日と本日の2日間で実施しました。

 

 建てたハウスメーカーの営業マンが提案してきた見積書通りに点検をすると

 

 軽自動車が軽く一台買えるほどの金額だったため、

 

 なんと、お戯れを(笑)と、半笑いで

 

 安全で衛生的に暮らせる項目の3つに絞り込み、

 

 やっと点検工事に至ったのでありました。

 

 .轡蹈▲衙表

 

 ■殴所のバルコニーの防水工事

 

 バスルームのパッキン補修

 

 水回りと家の基礎の腐食に特化した点検工事です。

 

 バルコニーの防水工事は、本日あいにくの雨だったため、

 

 4分の1の補修工事が残り、日を改めることに。

 

 3つの補修工事に3業者が入りましたが、いずれも20代後半〜30歳くらいの

 

 若い衆で、仕事の実務者がこの世代に移っているんだなと、

 

 しみじみ感じました。

 

 しかも、現場仕事であるにも関わらず、身だしなみが良く礼儀正しい。

 

 どんなことをするのかは、概ねハウスメーカーの営業マンから

 

 訊いていたけど、彼らは一様に、これから自分が行う工事に関して

 

 丁寧に説明をして、速やかに作業に取り掛かる。

 

 しかも、休憩を取るときは、「これから5分休憩を頂きます。」と。

 

 全てのものにエビデンスを求める社会なので、このように教育されているのは

 

 理解できるが、言いたいことだけ言って、やりたい放題だった

 

 団塊の世代以上の人達と仕事をしてきた私世代のものには、

 

 今の年寄りは、結構いい加減に仕事をやって、隠居してんじゃないかと

 

 思ったりもするのです。

 

 シロアリ防除の若い衆は30歳位と思われます。

 

 いたちのようにしなやかで、するりとした体躯で

 

 畳半畳を上げた床下に鮮やかに潜りました。

 

 

 

 へ〜。

 

 一瞬、屏風かと思った・・。

 

 うちには屏風なんてないけどね。

 

 家の中だから、どこを工事しているのか分かるけど、

 

 ちゃんと見える化するんだな〜。

 

 ここ10年間住んでて、ゴキブリ一匹出たことがないので、

 

 それはシロアリ防除剤と関係があるのか訊ねると、

 

 「いいえ。昔はシロアリ駆除をすると、ゴキブリやムカデなども

 

 駆除できていましたが、昭和61年の国会で問題になり、現在の薬剤では

 

 11種類のシロアリしか駆除できない薬剤を使用することになっています。

 

 なので、人やペットにも無害です。」と。

 

 昭和61年より後に生まれていそうな、この若い衆がそんなことを言うとは、

 

 ちゃんと勉強をして、お客に何を問われてもプロとして答えられるように

 

 教育されているんだな〜と、感心しました。

 

 夏場と冬場の作業、どちらが大変ですか?と訊くと

 

 「夏場ですね。私はなったことがありませんが、作業中に熱中症になる人が多いんです。

 

 冬場は、床下を動いていると丁度良いんです。」

 

 この極寒の時期に、長そでTシャツ一枚で作業をしていて

 

 丁度良い体感温度とは、どんだけ動くんだ?

 

 そりゃ、身体つきが仕事のハードさを物語っているよな。

 

 脂肪一つ付いていないもんな〜。

 

 いや、この身体つきだからこそ、この仕事に採用されたのか?

 

 どっちが先だろう・・。

 

 作業が終わり、スタッフの方々が帰ったあと、

 

 主がポツリと。

 

 俺じゃ、いかんよなー。床下入れんもんなー。

 

 あら、あなたなんて、頭さえもつっかえるんじゃない?

 

 履歴書の写真見て、書類で却下よ(バッサリ)。

 

 やっぱり、採用が先か?

 

 ところで、5年後には外壁の塗装が待っている。

 

 ハウスメーカーの営業マンの目の奥がキラリと光ってます・・。

 

 この5年の間に、夫婦ふたり、カーペンターズになって、

 

 自分たちで塗装します!と言いたいもんだが、

 

 なんせ、見た目お団子夫婦だもんな。

 

 餅は餅屋に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

15年目の元服

  • 2018.01.20 Saturday
  • 23:32

 

  2004年1月20日、藤間藤茉莉師匠の弟子になりました。

 

  本日で15年目になります。

 

  師匠は、私の前職の一番のお客様で、毎日のように店頭にお越しになり、

 

  ご家族とも仲良くさせて頂いていたのでした。

 

  2003年の秋にお腹にいた子供を亡くし、会社から40日間の休みを与えられ、

 

  しばらく顔を見なかった私が久しぶりに店頭に立つと、

 

  何があったのかとご心配くださり、私が事の顛末を話すと

 

  「それはとても辛くてたいへんだったね。・・・・、日舞しませんか?」

 

  と、お声がけくださいました。

 

  一瞬、??と、思ったものの、

 

  すぐに、はい!宜しくお願い致します!

 

  と、お返事して私の趣味が日本舞踊になったのでした。

 

  器械体操やハンドボール、ジャズダンスなど、スポーツしかしたことなかった

 

  うえに、仕事中毒で、やれと言われれば迷いなくやり、無理とか、出来ないとか

 

  そんなことは怠け者の言い訳だと気負っていたあの頃。

 

  丁度、新ショップを立ち上げる仕事を任され、大きな数字とマネジメントの

 

  プレッシャーに挑んでいた時期でもありました。

 

  その代償を受けたのですが、晴天の霹靂のようなお誘いに

 

  二つ返事で入門したのでした。

 

  気分転換しようかな、という軽い気持ちでした。

 

  がに股の上、勧善懲悪の水戸黄門みたいな性格の私の踊りは四角く、

 

  先生を大いに困らせながらも、一緒に大笑いして、お稽古はとても楽しいひと時でした。

 

  その年の舞台を目標にすることで、鬱々とした気持ちは徐々に晴れて行き、

 

  仕事にも張りが戻りました。

 

  そして、日舞3年目の2006年12月の「雛弥会 古希の会」の際、

 

  「幻のお七」という情熱的な演目を、頸椎を痛めた名取の方の


  代演で頂きました。

 

  30分間、独りで踊るのですが、最後に「木登り六法」という

 

  狂気の沙汰を表す、首を激しく振りながら、しゃがんで駆ける振りがあり、

 

  しかも、最後は櫓に登ると言う、かなり体力を要する演目です。

 

  それから半年間、会社に出社する前か、帰宅前に師匠宅で

 

  稽古を付けて頂く日が続きました。

 

  いくら体力自慢の私でも、毎日のフル勤務と稽古の両立は知らず知らずのうちに

 

  身体が悲鳴を上げ、会社で3回、華々しく鼻血を出したのでした(笑)。

 

  1時間半ほど鼻血が止まらず、会社の医局で洗面器で血を受けて

 

  横になっていた時は、さすがの産業医の先生も救急病院に運んでくれました。

 

  そんなこんなで必死に踊った「幻のお七」。

 

  リハーサルの時、舞台の袖でじっと見守ってくださっていた師匠が、

 

  櫓から降りてきた私に、ボロボロと泣きながら

 

  よくここまで頑張ったね。本当に頑張ったね。

 

  明日は、きっといい踊りが踊れるよ。

 

  と、仰ってくださいました。

 

  先生の言葉は、私に自信と覚悟を与えてくださいました。

 

  

 

  好いている𠮷佐を雪が降る中、探し続けるお七。

 

  雲の上のようなお方である、紋寿郎師匠にお稽古を付けて頂いたことも

 

  忘れられません。

 

  お七に入り過ぎている私に、「もっと、形式的にね。踊りだから。」と、

 

  ストレートに仰っていただいたことは、舞台でお客様に楽しんでいただくために

 

  一番大切な事で、私のお守りの言葉です。

 

  それから、元々カッチリしたことが好きな私に、御祝儀舞や男踊りなどを

 

  師匠は惜しみなく教えてくださりました。

 

  2014年4月5日。藤間流に入門して丸10年経過し、

 

  御名前を頂きました。

 

  「藤間 茉莉文(ふじま まりあや)」

 

 

 

 家元である藤間勘右衛門(歌舞伎役者の尾上松緑)の、東京の麻布にあるご自宅にて。

 

 主も、こんな体験はは生涯に無いことだと同行してくれました。

 

 家元は、お近づきになれないくらいのオーラで現人神のよう。

 

 固めの杯を交わすなど、世間一般ではない異次元の世界に主も思い出深いことだと

 

 言っています。

 

 このころから、おぼろげに、自分が必死に踊るだけではなく

 

 お客さまに胸が空いたと、感じてもらいたいと思うようになりました。

 

 2018年1月6日。「第20回 チャリティ舞の会」の前日の場当たりにて。

 

 雛弥師匠の踊りを客席で拝見していたら、お嬢様の新一郎さんが隣にお座りになり、

 

 しばし一緒に観ていました。

 

 雛弥師匠の、人を包み込む味わい深い踊りに、思わずしみじみ「いいですね〜。」と

 

 申しましたら、新一郎さんが仰いました。

 

 「いいでしょ。お爺さん(雛弥師匠のお父様の藤一郎師匠)は、短編集みたいな振りを造るのが得意で

 

 母が踊っているこの振りも、お爺さんが造った当時のそのままなんですよ。

 

 私はお爺さんから、言葉でしか聞いていないけど、いつも『この頃は踊りを教える人のことを先生、先生って

 

 言うが、元々はそんなことはなかったのだから、目の前のお客さんにどれほど伝えられる

 

 踊りを踊るか、どれだけ伝えられるかが大事なんだ。』って、言っていたのと。

 

 母は、それを実に身をもって感じてきたわけね。」

 

 いたいけな頃から、父親からその哲学を叩き込まれた雛弥師匠を想像すると、

 

 踊りを観ながら涙が溢れて溢れて止まりませんでした。

 

 そんな私の顔をご覧になった新一郎さんは、何事もなく、舞台に上がって行かれました。

 

 そして、ぼんやりと「お客さんに胸の空く思いをしてもらいたい」という思いは、

 

 覚悟に変わりました。

 

 

 

 終了後、母から電話がありました。

 

 母は、私が日舞を始めてから14年間、一度も欠かさず舞台を観てくれています。

 

 「尚子、かる〜く踊れるようになったね。良かったよ。」

 

 日舞には門外漢の母が、そんな言葉を発するとは・・。

 

 子供が生まれていたら元服だけど、

 

 その代わり日舞が元服。

 

 まずは、成人を目指して、目の前のお客さまに

 

 胸が空いた、ええもん観た、そんな舞踊家になりたいと。

 

 藤茉莉師匠、拾って頂き、本当にありがとうございます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

  

 

 

  

 

  

 

  

  

 

  

 

  

 

  

 

  

 

  

 

  

 

  

ごちそうさまを言いたくて

  • 2018.01.14 Sunday
  • 22:28

 

 寒く乾燥して、唇が梅干しみたいになった今頃、

 

 いよいよ大寒を迎えるこの頃、

 

 毎年切り干し大根を拵えます。

 

 実家に行ったら、大根を持って帰れと。

 

 なんだかんだ言っても食べる為に働いているわけなんで、

 

 妻とか奥さんとか言う前に、私は家族の一労働者であるのです。

 

 口に入ることは、自分でするのが当たり前なんで、

 

 ただで食べ物を貰えるのは有難いことで、有効に使いたいもんだ。

 

 自分で食べ物を加工して、更に食べ物に働いて貰おうと思うのです。

 

 投資家が、お金に働いてもらうように情報収集をして

 

 お金を塩漬けにしたり、預けたりするのと似て非なるもの。

 

 

 

 大根1本を千六本にすること4分。

 

 姑に貰った切り干し大根用に貰った網戸に広げます。

 

 姑に切り干し大根用に、網戸を貰う嫁もなかなか食い意地が張っているが、

 

 網戸をくれる姑も、実を旨とする堅実家だと思う。

 

 嫁と姑の堅実家合戦(笑)

 

 食べ物を大切にする婦女子がいれば、日本は安泰だと思う。

 

 家を普請した時に、ウッドデッキでブランチなんぞできたら♪

 

 なんて、思っていたけど、ブランチを作るのが私で、

 

 朝寝坊する主を笑顔で「起きたの?ブランチできてるよ。」なんて

 

 フルサービス出来ない事を認識して以来、

 

 切干大根用の工場になりました。

 

 家の使い方も経年変化するんだな。

 

 

 

 ブランチように買ったアウトドア用のチェアは偶然にも、

 

 実を旨とする姑がくれた網戸がカッチリと納まる寸法で

 

 大根が乗っかっている網戸が吹き飛ばないようなサイズになっています。

 

 且つ、チェアに乗せているので湿気が一切なく、

 

 大根が生き生きと乾燥する仕組みになっているのです。

 

 投資家が情報でお金に働いて貰うならば、

 

 私は、お日様と風と、姑の実の旨によって、食べ物に働いてもらい

 

 自らの胃袋を満たしてやろうじゃないか。

 

 お義母さん、今年も貰った網戸で喰いっぱぐれなかったと。

 

 ごちそうさんってね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドラ娘の公式

  • 2018.01.14 Sunday
  • 01:15

 

 高校受験の時には

 

 これを羽織って受験勉強をしていた記憶があるので、

 

 もう35年になるかしらん。

 

 祖母が、夜の長い冬の退屈しのぎに、余り毛糸で編んでくれた

 

 「はんこ」。

 

 余った毛糸の寄せ集めなので色カラフルで、

 

 カブキモノだった私はいっぺんに気に入り、毎年冬には必ず着ています。

 

 いつも水墨画みたいな色彩の服を着ていた祖母が

 

 編んだとは思えない、マイアミ風の「はんこ」。

 

 しかし、じゃじゃ馬の私が長年着ていると、必ずどこかに引っ掛け、

 

 穴が空いたり、ほつれたり、とうとう身頃の真ん中から裂けてしまい、

 

 これはいかん。

 

 早くお修理しないと、越冬できないじゃないか。

 

 困った時の母頼み。

 

 正月早々、実家に挨拶に行くやいなや、ボロボロの「はんこ」を

 

 母に押し付けて、本日取りに行きました。

 

 

 

 母の手で蘇り、且つバージョンアップした「はんこ」

 

 どうしても塞がらない大きな穴は、毛糸で編んだお花のアップリケで

 

 塞いでくれていました。

 

 

 

 後ろ身頃の方が、アップリケの数が多いので、

 

 おそらく前しか見ずに、ドサドサバタバタ、何かに引っ掛かったのも気付かず

 

 強引に次の行動に移っていたと思われます。

 

 私が歩くと、草も生えんどころか、着るものさえもやさぐれる。

 

 暴れた数だけ施されたお花のアップリケは、

 

 まさに名誉の勲章みたいなもんで、

 

 暴れた数だけ、母の愛情を貰ったような。

 

 祖母=造る人

 

 母=直す人

 

 私=着る人

 

 祖母+母=私

 

 惣領娘の私は、蝶よ花よで大事にされていることよ。

 

 

 

 

 

 

 

幕の内

  • 2018.01.08 Monday
  • 13:42

 

 今年で20回目の「チャリティ舞の会」。

 

 私が日本舞踊を始めて丸14年で、一番最初に踊った曲は「祇園小唄」でした。

 

 舞子が傘を持って踊り、傘に隠れる振りがありますが、

 

 それが盗人のような隠れ様で、師匠を大いに困らせたのでした。

 

 舞子じゃっちゅうに・・笑

 

 今も師匠が手を焼く暴れん坊ぶりで、特に端唄で踊るお座敷芸のような

 

 細やかな踊りは苦手としております。

 

 さて、今回はその端唄で、芸者の拵えで。

 

 

 

 この日本髪風、髪結いの椅子に座るやいなや、

 

 髪をざっざっと梳いたかと思うと、ものの8分位で出来上がり。

 

 結いを落とした後、数えたヘアピンはなんと5本だけ。

 

 髪結いと着付けとメイクで30分も掛からず仕上げてくださいました。

 

 恐るべきプロのお仕事。

 

 そして、舞台は本番が一番楽しい。

 

 なんせ、テープを停められることなく、最後まで踊れるから(笑)

 

 でも、一番幸せだと感じることは、こうして裏方で拵えをしてくださる

 

 方々にもそれぞれの人生のドラマがあり、それを抱えながら同じ舞台を

 

 良い物にしようという心意気を共感できること。

 

 自分の仕事や体調などと折り合いを付けながら

 

 会場に駆けつけてくださるお客様に喜んでいただけること。

 

 もちろん、踊り手にもたくさんの事情がありながらも、

 

 舞台で踊ろうという志で団結できること。

 

 舞台では独りだけど、興行自体を成功させようという気持ちは皆一緒。

 

 

 

 楽屋にて。

 

 小学2年生の坊やの顔を化粧するベテラン名取の御姉さん。

 

 「キリッとした感じにするの〜?」と、眉毛を指さす坊やを

 

 「はい、ここに座って。いつもはここには座ったらいかんけど、

 

 今日は、袴が皺になったらいかんけん、特別よ。

 

 顔が可愛らしいけん、ちょっと書くだけでええよ。ほら、できた。」

 

 こういうひと時が、私の感情を潤し、もっともっと伝わる芸をと、

 

 背中を押すのです。

 

 いろんな人を思い計ることや、心の内を想像することが、人に気持ちを伝えるうえで

 

 とても大切なことではないかと。

 

 自分がやりたいことだけを紙に書くだけじゃダメなんだ。

 

 いくらSNSで承認されても意味が無い。

 

 自分の目の前の人を楽しませようとする心意気がなくては、自分も活かされない。

 

 相手がいるから、自分が居るんだ。

 

 懸命に踊るのは当たり前。

 

 きれいな姿形は、裏方さんのプロのお仕事のお陰様。

 

 踊り手として目指すのは、人に伝わること、どんな風景でどんな心持であるか、

 

 それを伝えて、お客様に共感してもらい楽しんで頂きたいと思うのです。

 

 その楽しさを自分の芸の励みにして、また人を楽しませたい。

 

 器用に綺麗に踊るだけじゃなく、もっと本音に迫るような

 

 サービス精神旺盛な踊り手になりたい。

 

 師匠の真心をもっともっとお伝えしたく。

 

 新春の舞の会で、心新たにそう覚悟しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

北の友

  • 2018.01.03 Wednesday
  • 17:22

 

 2日午前11時、松山観光港にて。

 

 瀬戸内の空は明るく、同じく主の顔も明るい。

 

 主の竹馬の友、T助君を迎えに来たのでした。

 

 今年は、秋山好古校長時代から92年間現存している

 

 母校の松山北高の柔道場が取り壊しになるとのことで、

 

 同朋の主と共に、初稽古とOB会に参加するのでした。

 

 早速腹ごしらえで、お名前が一緒の「太助寿司」へと。

 

 

 松山で一番最初にできた回転寿司屋ですが、あまりネタを廻さず、

 

 注文をしてから、ベルトに乗って寿司が来ます。

 

 ネタが大きく新鮮なので、満足感、満腹感が半端ない。

 

 二人は、懐かし噺のアイドリングを始めた感じ。。

 

 いったん自宅に帰り、二人は母校へと。私は師匠宅で初稽古。

 

 T助君は、ちゃんと柔道着を持って来ており、稽古に率先して参加したそうで、

 

 主はそれを見守ったと。

 

 主が学生時代に愛用していた錆びたバーベルも健在で、それも眺めたとのこと。

 

 見てるだけか!?

 

 私がハンドボール部でトレーニングしていた

 

 電柱に巻き付けた自転車のチューブも、まだ巻き付いてあったと。

 

 スポーツ科学とか、そういうアカデミックでエビデンスを必要としない時代の

 

 気合と根性の青春時代の思い出が蘇ります。

 

 思えば、練習中に水を飲ませて貰えなかった時代だから、

 

 グランドに倒れ込んで、水たまりの水を飲もうとしたこともあったな・・。

 

 もはや、部活じゃなくて、戦士じゃないか!?

 

 さすが、秋山好古校長の学校だったと。

 

 そして、今の私たちに仕上がった訳ですよ(笑)

 

 OB会に参加した主とT助君と「KOOL」で集合し、

 

 店主の三王君と、松本零士作品で大盛り上がりをしており、

 

 セリフが飛び交う寸劇状態に。

 

 そして、きたきたきたー!!

 

 キャンプネタ。

 

 「尚子ちゃん、俺は何回でも言うよ。何回も聞いたっていうかもしれないけど、

 

 何回も言うよ。自転車の車軸が曲がりそうな位の荷物を括りつけて、

 

 八幡浜までみんなで自転車で行った。俺らは『スタンドバイミー』を先取りしてたんだよ。」

 

 初めて聞いたかのような表情で聞くことはできていただろうか・・。

 

 それくらいのサービス精神はいつまでも持ち合わせていたいもんだ。

 

 しかし、それもわざとらしいような気もする。

 

 だって、もう10回以上聞いてるんだもの。

 

 松本零士作品の寸劇に後ろ髪引かれながら、自宅に帰り三次会。

 

 

 

 お気に入りのビデオ鑑賞をする二人。

 

 竹馬の友との会話は尽きず、夜は更けるのでした。

 

 朝。

 

 朝ごはんに、ハムエッグを作ったところ、

 

 主のハムのビニールが付着したままでした。

 

 どうも、あまり焼けないと思ってたんよね〜。

 

 もう、ばばあやけん、目も見えんのよ。

 

 身も蓋もない枯れた夫婦の会話を上手くかわすT助君。

 

 さすが、第一空挺団。

 

 しかし、楽しい時間はあっと言う間で

 

 3日の10時のスーパージェットで帰省したのでした。

 

 

 

 24時間、時間の使いようでこんなに有意義になるとは。

 

 友との別れと、明日から仕事である主は、ふて寝の昼寝。

 

 あ〜、もうちょっと休みたいな〜、とのこと。

 

 いつまで休みたいの?

 

 来年まで。

 

 ほほう・・。えー根性しとるやん。

 

 学生時代に培った賜物やね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

口は禍福の元

  • 2018.01.01 Monday
  • 23:23

 

 ついこの前、カレンダーを変えたと思ったら、

 

 こんなに早く、またも変えるとは思ってもおらず。

 

 日頃の不精が功を奏して(新年なので、敢えてそう言います)

 

 最後の追い込みのスピード感には、我ながら感心しました。

 

 (くどいようですが、新年なので、敢えてそう言います)

 

 

 

 姑から正月用に貰った南天。

 

 活けたと言うより、投げ入れたという豪快さ。

 

 今年もアイリッシュドレスデンの陶器(戌年)は安定した可愛さ♡

 

 絵は、高校生時代の石田輝彦画伯。

 

 額縁の方がアート偏差値高し。

 

 
 

 三味線の師匠の御仲間が趣味で作られている

 

 瓢箪をいただきまして、古い帯締めを巻いてみました。

 

 なんなの・・・?

 

 しかし、考える猶予は微塵も無いのです。

 

 新年まであと僅か。

 

 

 

 おせち料理、と言うより正月弁当。。

 

 今年も茶色いね〜!

 

 絹さやを買おうと思ったら、10枚ほどで300円もしたので、

 

 スナップエンドウにしました。

 

 祝い事にさえもシビアな私の金銭感覚。

 

 実家に行き、祖母、両親、甥姪にお年玉をあげて

 

 実家のおせち料理を頬張り、絹さやを使ってることに

 

 大層な驚きを見せ、私の事の顛末を話すと、父が大いに笑っていました。

 

 祖母は、「もう長生きするけん、いつまでも貰うてすまんのう。」と言うので、

 

 ばあちゃん、生きとる間はずっと渡すけんね!年金と一緒よ!

 

 父は、その発言に苦笑いの大笑いという、とても高次的な表情だったので、

 

 まだまだ現役で頑張れそうだと思ったのでした。

 

 そして、

 

 父が、このお年玉は貯金しとくけんの。と、心にも無い殊勝なことを

 

 言ったので、そんな、余命幾ばくも無いんやけん、しっかり使ってくださいね〜!

 

 と、毒舌をかましたら、更に苦笑い大笑いをしておりました。

 

 ギリギリラインの微妙な会話が楽しくできることは、

 

 本当に平和で幸せなことと思います。

 

 互いの心の機微と信頼関係こそがあってこそ。

 

 今年も、とにかく明るく生活します。

 

 明るく分かり易く、単純明快に。

 

 新年に寄せて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クルーカット

  • 2017.12.26 Tuesday
  • 21:24

 

 ただいまー。

 

 サッパリしたぞ。

 

 それにしても、ヤスナガさんとこは、客層がバラエティに富んどるな〜。

 

 俺みたいな男もおったら、女の人もおいでるしの。

 

 今日はの、ハイソなマダムが来とっての、

 

 「あら、ヤスナガさん、今日は短いカットもなさるのね。」

 

 東京弁やったけん、ハイソやと思うんよ。

 

 「あら〜、今頃は、そんな髪型もあるのね〜。」言うての、

 

 俺の頭の鉢の廻りをぐるっと一周して帰ったぞ。

 

 俺は、メガネ外しとったけん、あんまり顔は見えんかったけど、

 

 多分、80歳くらいやと思う。

 

 これの、尚ちゃんには言うとくけど、「クルーカット」やけんの。

 

 俺は、元グリーンベレーやしの。

 

 

 

 グリーンベレーという釣書は頂いておりませんので、

 

 経歴詐称と思われます。

 

 でも、こざっぱりしてよかったがね(笑)

 

 

 

 

 

 

もう、ライオンはいなかったけど

  • 2017.12.17 Sunday
  • 16:28

 

 夜の池袋。

 

 池袋三越を転勤してから20年ぶりに池袋東口に降り立ちました。

 

 日本橋三越→松山三越→池袋三越→松山三越。

 

 18年間の間に、好きに仕事をさせて頂いたと、心から会社に感謝。

 

 結婚を機に、埼玉の企業に勤める主に合わせて、松山から転勤させて頂いたのでした。

 

 今回は、元池袋三越の同期会に誘っていただき、喜んで飛行機に乗って出席しました。

 

 思えば以前、川越の自宅から通勤していたのと、時間的には変わらんのよね(笑)。

 

 皆と会う前に、店舗近くを散策し、感慨に耽る。

 

 埼玉から満員電車で通勤していたので、会社に入店する前に

 

 近くの公園で一休みしていたことを思い出しました。

 

 

 

 今も変わらず、雑踏のオアシスとして健在。

 

 

 

 現在はヤマダ電機の社員通用口になっています。

 

 この建物には地下道があり、店舗に通じていました。

 

 社員食堂もこの建物だったな〜。

 

 独りで転勤してきたことを暖かく迎えてくれた同僚や先輩、上司の方々。

 

 さて、同期会は今やヤマダ電機になった7階の「四季の宴」にて。

 

 懐かしい顔との再会♪

 

 

 

 20年後、ここからそれぞれに散り、また集まれたことはとても嬉しい。

 

 私は1997年に、主のUターン転職で池袋三越から松山三越に転勤したのですが、

 

 その際、これを機に会社を退職するつもりでした。

 

 覚悟を決めて、当時の直属の部長に辞職の意をお伝えしました。

 

 「この度、主人の転職で、故郷の松山に帰ることに決めましたので、

 

 退職を致します。本当にお世話になりました。」

 

 すると、最年少で部長に昇格した毒舌のK部長曰く、

 

 「は?石田さ〜、あなたに専業主婦が務まると思ってるのか??」

 

 私「いえ、子供を出産する事なども考えると、退職した方が良いと・・。」

 

 さらに部長は、

 

 「だからさ〜、あなたに専業主婦は絶対に務まらないから、松山店で働きなさい。

 

 俺が言ってやる。会社を続けなさい。わかったな。」

 

 9割、会社を辞めると決意していた私は、

 

 へ??

 

 と、思いつつも、部長のご意向にオートマティックに流されたのでした。

 

 部長の毒舌が、現実に退職をしてたくさんの企業の方々と関わることにより、

 

 とてつもなく従業員を大切にする言葉と態度であったことを

 

 実感しています。

 

 20年前、男女雇用均等法はあるものの、まだまだ結婚した女性が活躍できるポジションが

 

 少なかった時代に転勤までさせてくださり、仕事の場を設けてくださったこと、

 

 そういう働き方を会社として持っていたこと、それをシステムとして実用できていたこと。

 

 それから12年間、私は松山三越で存分に仕事をさせていただきました。

 

 楽しかった。やり切った。

 

 企業では、血が繋がっていない者同士が組織人として働いているけど、

 

 必ず遺伝子があり、それが脈々と受け継がれる。

 

 

 

 白い館は今も健在。

 

 今度はレンジでも買おうかしらん。

 

 冷蔵庫は22年選手。レンジ無し。

 

 私の専業主婦時間は20年間止まったまま。

 

 K部長、やっぱり部長が仰るとおりでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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